創発的研究支援事業に採択されました

国立研究開発法人科学技術振興機構 (JST) が実施する創発的研究支援事業の2024年度研究提案募集において、和田の研究提案「次世代の降水観測に向けた気象レーダーの進化」が採択されました。2020年度に始まったこのプログラムは今回が5回目の募集で、和田は3回目の応募にて採択いただきました。7年間という長期にわたる支援のほか、独立を目指すために所属機関に研究環境の改善を促すなど、通常の競争的資金とは違った趣があり、大学でも採択に向けて様々な支援メニューが準備されていました。一方で採択に至るまでの過程は情報が少ないのも事実と思います。そこで本記事では採択に至るまでの過程を記しておきたいともいます。なお最新の公募情報についてはJSTのウェブサイトで確認してください。

まず最初に、この記事にたどり着いた方は創発に関して検索で情報収集を行なっている方々だと思います。そして多くの方が5ちゃんねる掲示板の内容も見られたのではないかと思いますが、提案書を提出してから最終結果が発表されるまでは5ちゃんねるを見てはいけません。創発をはじめJSTの事業は面接選考の案内や採択内示の日程が大雑把にしか告知されていないため、日程が近づくと気になって仕方なくなるかもしれません。5ちゃんねるに書き込まれた情報は真実かどうかわからないため、数週間にわたって全く正確でない情報に振り回され、貴重な時間が無駄になる恐れがあります。精神衛生上よくありませんので、結果が出るまでみるのはやめましょう。

改めて、JSTの創発は7年間にわたって若手研究者を継続的に支援するプログラムで、7年間の直接経費は最大で5000万円とされています。直接経費の総額は科研費でいうと基盤研究(A)に相当します (科研費の充足率が7-8割であることを考えるとJST関係はほぼ10割のため、創発のほうがむしろ多い) が、期間が7年と長いため、年ごとの予算規模としては基盤研究 (B) より少し多い程度です。一方で先に述べたように独立を目指す優秀な研究者を支援し、また創発の場などで研究者同士の交流を促すなど、単なる競争的資金に留まらないプログラムとなっています。

JSTといえば科研費とは異なり、文部科学省が定めた戦略目標を達成するためのプログラムを提供するというイメージが強く、戦略的創造研究推進事業としてERATO、CREST、さきがけ、ACT-Xあたりが有名だと思います。そのほか未来社会創造事業やムーンショット型研究開発事業、経済安全保障重要技術育成プログラム (K Program) といった大型プログラムを運営するファンディングエージェンシーです。若手研究者にとっては特にさきがけを獲得することが大きなステップとされているように思います。一方でさきがけやACT-Xといった戦略的創造研究推進事業は、文部科学省が定めた戦略目標に沿った領域で募集されるため、戦略目標にかすらない分野では挑戦の機会そのものがない、という欠点があります。私はもともと理学部物理学科出身であり、X線天文学の研究室出身です。近年の傾向ですと物理分野でも量子関係や物性系、機械学習系では領域が立ち上がっていますが、宇宙物理学のような純粋理学としての傾向が強い分野はなかなか戦略目標でカバーされず、JSTとは縁が薄かったと思います。

創発はそういった戦略目標に左右されない、研究者のボトムアップな発想を拾い上げ、「破壊的イノベーション」を目指すという点で、JSTの従来のプログラムとは一線を画しています (戦略的創造研究推進事業が「新たな価値創造の源泉となる研究開発の推進」に位置づけられているのに対し、創発は「多様な人材の支援・育成」となっており、位置づけからして異なります)。ただ裏を返せば文系を含めたほぼすべての分野が募集対象となるため、競争率が極めて高く、採択率は10%前後と科研費と比べても低い水準となっています。令和元年の補正予算によって基金が造成され、2020年度に第1回の募集が始まり、当初は3回の募集予定でした。さらに令和4年度補正予算にて追加で予算措置がなされ、第6回までさらに3回の公募が行われることが決まり、和田はこの5回目の公募で拾ってもらったということになります。1回あたり約250件が採択されています。博士取得後15年以内の研究者が対象で、また当初は応募は2回までという制限がありましたが、4回目の公募から応募回数制限は撤廃されました。さきがけやACT-Xの研究領域と似たシステムとして、創発パネルというものがあり、分野ごとに創発パネルオーガナイザー (創発PO) およびアドバイザーで組織されるパネルが設定され、審査や採択後の研究活動が展開されます。第2回公募以降は応募時にパネルをこちらから指定するため、どのパネルに応募するのかも採択の重要な鍵となります。第4回から創発パネルが刷新されました。

和田は今回、3回目の挑戦にて採択されました。1回目は第3回公募で川村パネル (数学・物理学が中心) に応募し、書類選考で不採択、2回目は第4回公募で永江パネル (数学・物理学が中心、現酒見パネル) に応募し、面接選考で不採択、そして今回3回目の挑戦で第5回公募において沖パネル (資源・環境科学が中心) にて採択いただきました。実は3回とも異なる研究テーマで応募しており、毎回ゼロから申請書を準備するのは非常に大変でした。

1回目の第3回公募は2022年7月締切で、2023年1月に採択課題の通知が行われました。川村パネルは2022年11月下旬に面接選考があり、10日前までに連絡があるとHP記載がありましたが、残念ながら連絡はなく、採択結果が公表されたタイミングで結果が公表された旨のメールが届き、正式に不採択になったことがわかりました。その後、不採択理由コメントが2022年3月に送られてきています。このときの研究テーマは個人的に発展性があるとは思っているものの、まだ予備データが少ない状況で、今から考えると書類落ちは妥当なところだと思います。その後に予備データが蓄積されてきたこともあり、今年からこのテーマで科研費の学術変革領域研究 (A) 公募研究に採択されています。

2回目の第4回公募は2023年10月下旬締め切りで、2024年6月に採択課題の通知が行われました。永江パネルは2024年3月に面接選考が実施されましたが、2月上旬にまずJSTの担当者から連絡先確認のメールが届き、さらに約1週間後に面接選考の案内が届きました。初めてのことでしたが、JSTの選考では面接案内の前に連絡先確認のメールが来ることが多いようです。このときも募集要項には面接日程の10日前まで連絡とありましたが、実際には3週間以上前に通知が来ています。その後、追加書類や事前資料の提出があり、面接本番を迎えます。とくに本番で使う説明資料に関しては面接前に一旦提出する必要があり、審査員に事前配布されるほか、オンライン面接で不具合が生じたときにはその資料をJST側で投影して面接を進行することがあるようです。なお当日は応募者のPCから投影するため、トラブルが無い限りは多少の改変は大丈夫でした。

実はこれまでフェローシップやグラント関係の面接には何度か呼んでいただいたり、また分担者として陪席させていただいたことがあったため、どのような雰囲気であるかはおおよそ掴めていました。ちなみに学振PD (実はSPD候補になったものの面接で落選) と理研SPDRの面接は対面でしたが、コロナ禍以降に出席した面接はすべてオンラインでした。多くのオンライン面接では出席者の名前は伏せられ、評価者Aのように呼ばれることが多いですが (とはいえ学会で見かけたことがあるレベルの方だと質問の際にカメラに映った姿でわかってしまいますが)、創発の場合は創発パネルのメンバーが面接することがわかっているので、評価者の名前は表示され、どなたから質問されたかも分かる状況でした。面接に進まれる方は事前にパネルのアドバイザーについてよく調べておかれると良いと思います。なお書類審査は創発パネルのメンバーではない専門家 (1件あたり3名とのこと) による1次審査が行われたのち、創発パネルによる2次審査が行われるそうです。これは推察するに専門家によって研究提案が科学的に妥当か・実現可能かを評価し、専門外の評価者が読んだときに一見して優れた提案に見えるが、実はメチャクチャな内容であるものを弾いていると思われます。2次審査では1次審査の評価を踏まえ、パネルの方向性や「破壊的イノベーション」に寄与できるかといった観点で評価しているのではないかと思われます。

面接審査は発表10分、質疑応答15分という指定でした。発表時間の厳守は印象に大きく左右するため、±5秒で終われるように何回も練習を繰り返しました。本番ではほぼぴったりだったと思います。質疑応答では指定時間ギリギリまで多くの質問をいただき、個人的には非常に上手くいったと感じていました。ところが残念ながら採択通知が来ることはなく、2024年6月下旬に前回と同様、採択結果が公表された旨のメールが届き、不採択を知りました。5月下旬ごろには採択者向けの通知が来るのではないかとそわそわし、冒頭に書いたように5ちゃんねるも見てという状況で、これは非常によくなかったです。7月上旬には評価者コメントが届き、面接の質疑応答に対応するコメントがいくつかありました。やや的外れ (すなわちこちらの意図を十分に伝えることが出来なかった) なコメントもありましたが、面接では全力を尽くしただけあって、このテーマではこれ以上、採択に近づけることが難しいのではないかと感じました。また次回の提案に応募するにしても、前回の応募との違いを書く必要があり、大幅な改善がなければ今度は書類で落とされてしまうかもしれない、という恐怖もあり、惜しいところまではいったものの、このテーマで次回の創発に応募するのは辞めることにしました。このテーマは科研費基盤研究 (B)に応募して採択されたので、結果オーライでした。創発の応募の過程で色々と考えたことは無駄ではなく、間違いなく科研費の獲得につながったと思います。

そして3回目となる第5回公募は2024年10月締切で、2025年7月に採択課題の通知が行われました。前回の経験を踏まえ、あくまで個人的な感覚ではありますが、創発において理学的な研究は極めて重大な問題を扱い、それに関する業績が多数ある場合か、もしくは理学的研究を推進するうえでの技術開発が他の分野にも大きな波及効果をもたらす場合のどちらかに絞られるのではないかと考え、今回は社会的なインパクトも大きい気象レーダーの研究で沖パネルで出すこととしました。創発POの沖大幹先生は東大工学部社会基盤の教授で、モデルなどを用いて地球規模での水循環を研究されています。気象レーダーの研究にご理解があり、また第4回の採択者でも気象に関係する研究者が多くいることから、前回までとは異なるパネルに出すことにしました。また創発パネルは先生方には採択された後こそ様々な機会でお世話になるはずですので、むしろ自分の出身とは違うパネルに飛び込んだほうが、今後の研究においても有利に働くだろうと考えています。

とはいえ採択率は高くないプログラムですので期待しないで待っていますと、2025年3月下旬に再び連絡先確認のメールが届き、翌日に面接選考の案内メールが届きました。なお面接日程は5月の連休明けですので、1ヶ月半ほど前に案内が来ていたことになります。面接までの流れは2回目とほぼ同様でした。前回からアップデートされた良い点として、面接選考案内の送付が終了したことを知らせるメールが3月下旬に一斉送信されていたことでした。面接日程の10日前までに連絡と募集要項には書いてあるものの、実際には準備できた段階で早めに案内が送られているため、このようなメールは落選したときに気持ちを切り替えるためにもとても重要だと思いました (場合によっては次年度のさきがけなどの応募も始まっているため)。面接は前回と同様に発表10分質疑応答15分の指定で、やはり入念に準備をしました。質疑応答も多くのご質問をいただきましたが、15分使うことはなく、指定時間よりも早く終了しました。前回のこともあるので、面接の手応えはアテにならないと考え、面接が終わった後は創発のことは考えないことにしましたし、5ちゃんねるも見ないことにしました。そういうときに限って吉報が届くもので、6月下旬に内示がメールで届き、7月に公式発表となりました。ちなみに面接は書類の評価順といった噂がありますが、2回とも初日だったので、よくわかりません。おそらく面接審査には採択数の2-3倍ほどの人数を呼んでいるのではないかと推察されます (実際、さきがけは領域ごとに面接対象者人数が公表されている場合が多く、おおよそ採択者数の2倍の人数が面接に呼ばれています)。

応募にあたっては大学の研究推進部URAによる強力なサポートがありました。申請書類の添削の他、とくに模擬面接では一人だけで準備していると見落としがちな点を指摘いただけることで、内容をしっかりとブラッシュアップできたと思います。大学も若手教員の育成や独立に力を入れていると感じ取れる取り組みですし、非常にありがたかったです。

採択されてみて正直な感想は、「もう創発に出さなくて済むので安心した」です。大阪大学ではこれまで72名の創発研究者が在籍しており、創発は若手教員の登竜門的存在といえます。大学も支援を強化しており、工学研究科では創発を取られた先生の独立を強力に支援し、昇任された先生もいらっしゃいます。また2023年10月には工学研究科の創発研究者やテニュアトラック教員が参加する研究発表会と懇親会に混ぜてもらったこともあり、自分もぜひその輪に加わりたいと強く思ったのでした。狭き門でしたが、その分、達成感もひとしおです。とはいえやはり研究を進めることが一番重要です。気象レーダーの研究に関してはボスが大御所ではありますが、自分自身がどのような研究を展開できるかが大切で、そのために自分が代表者の競争的資金を取ることが必須です。以前、総務省の競争的資金を代表で獲得し、そのときには様々なことを経験し、研究成果も積めたことから、ぜひ創発でも自分にしかできない気象レーダーの新たな展開の創造を進めていきたいと考えています。

創発は第6回までの募集が決まっており、第7回以降は未定ですが、本文章を読まれる皆様の一助になりましたら幸いです。