2枚目は福田ひかりさんの「J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲」(2021年11月発売)。このCDにも私は個人的な感情がある。1つは福田ひかりさんは母校 津山高校の先輩であり、東京に住んでいた頃は何回かレッスンに通っていたことである。もう一つは福田ひかりさんの演奏するゴルトベルクをリサイタルにて拝聴させていただいたことである。
福田さんがゴルトベルク変奏曲をリサイタルで演奏されたのは2014年2月、杉並公会堂でのことである。1時間近い大曲をもちろん休憩なく演奏された。福田さんはバッハの演奏や解釈を専門とされており、これまでバッハ・ツィクルスシリーズなどの演奏会を開催されてきた。プログラムノートを見ても、ゴルトベルクはまさに満を持しての登場、といった感じだろう。その気合の入れように違わない、非常に情熱的で、ゴルトベルクへの愛が強烈に伝わってくる、そんな演奏だった。加えて、この福田さんのゴルトベルクがこの1回のリサイタルで終わってはもったいない、そうも思ったのである。
そこから7年強の時を経て、今回のCDのリリースとなった。私がなにかを言ったということではまったくないが、このようなCDが実現したということは福田さんの熱意はもちろんのこと、周囲もCD化を熱望していたということだろう。やはり8年の時は大きい。リサイタル時からさらにブラッシュアップされた演奏・解釈に聞き入ってしまった。
このレコーディングの最も大きな特徴はやはり調律であろう。今回、神奈川県立相模湖交流センターのベヒシュタイン B-282でレコーディングされたとのことだが、調律はベヒシュタイン・ジャパンの加藤正人社長が担当され、c1=256 Hzの不等分平均律となっている。これはA1ではおおよそ430 Hzに相当するらしい。最近のピアノの調律はA1=442 Hzがスタンダードであり、440 Hzでさえ音色の違いが如実に現れてしまう現代において、この調律がどのような効果をもたらすかは非常に興味深い点であったが、この作品にとって極めて自然な調律であるだろうと思う。ぜひCDを聴いて体感していただきたい。
ゴルトベルクといえば、鳥越先生および福田さんの師匠であるO先生 (作陽音楽大学 元教授) から、グレン・グールドのCD2枚を頂いたことに始まる。バッハといえば何かと難解なイメージが付きまとうが、ゴルトベルクは美しくゆったりとしたアリアから始まり、様々な変奏を経てまた最初のアリアに戻るという、まるで人生を凝縮したような魅力がある。グールドの演奏には鼻歌が入ってしまうほどの歌心が織り交ぜられており、世界的にみてもグールドのゴルトベルクは評価が高い。しかし今回の福田さんの録音はその演奏・調律をひっくるめて、唯一無二の価値の高い演奏であると確信する。作曲から280年経った現在でも、このような演奏が出てくることに驚きを隠し得ない。クラシックが如何に奥深いか痛感させられるのである。
最後の3枚目は番外編であるが、有森博さんの「ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第1番&第2番」(2015年11月発売) である。これは全く新しいCDでもないのだが、思い出したように購入した。有森さんも例にもれず個人的な感情がある。有森さんは岡山県出身のピアニストでロシアの作品を得意とされ、現在は東京芸術大学の教授として後進指導にもあたられている。有森さんは毎年、上野の東京文化会館にて「ロシアの玉手箱」シリーズを開催されており、楽しみであった (私が大阪に異動してしまったので、毎年行くことはできなくなってしまった…)。
2015年5月のリサイタル「ロシアの玉手箱」で演奏されたのがラフマニノフのピアノソナタ第1番と第2番である。このとき最後に演奏された第2番がこれまで聴いた演奏会の中で最も衝撃的だったのを鮮明に記憶している。というのも有森さんの持ち味である圧倒的なテクニックとそれに裏付けされた歌心による迫真の演奏に聴き入っていたところ、第3楽章ももうフィナーレというところでバチーンという音を立ててピアノの弦が切れたのである。ピアノを演奏していれば、一定の割合で弦を切ってしまうことはあるものの (自分自身もプロコフィエフのソナタを練習していてサークル所有のピアノの弦を切ってしまったことがある。大反省。)、演奏会のあのタイミングで弦が切れたというのは衝撃的な体験だった。むしろ弦が切れたことすら演奏効果でないかと思わせるほどである。
このCDを買ったのはまぎれもなくその時の衝撃を追い求めてである。ただし自分でもわかっている。このCDの録音とそのリサイタルの演奏は全く違うものであることを。あのときの衝撃はあの場に居合わせたものしかわからないであろうし、このCDで再現できるものではないだろう。しかしあの一期一会とも言える演奏を懐かしむために、有森さんのラフマニノフを繰り返し聴いてしまうのである。
ちなみに有森さんのリサイタルといえばアンコールがすごい。第3部と揶揄されるほどには充実したアンコールなのである。しかしそのときはピアノの弦が切れている、という大きな違いがあった。弦が切れた瞬間こそ「えっ」という顔をされた有森さんであったが、その後のアンコールは弦が切れていることを全く気にされていないような演奏で、これも衝撃的だった (実際には切れた弦の音が鳴ったときには非常に悲しい音が響いていた…)。